アドニスたちの庭にて

    “秋の空”

 
学生さんたちの九月には、ひときわ格別な風が吹く。
夏休みの余燼を居残して、
どこか鈍ってる感覚を呼び覚ましつつ、
さぁさ、ぼやぼやしているとあっと言う間に学園祭の体育祭の本番だよと、
尻を叩く誰かさんがまずはのキリリと眸を覚まし。
そんな存在が追い立てての、きびきびと采配振るううち、
気がつきゃ誰もがせっせと立ち働いてるもんだったりし。
昼間の残暑は相変わらずにキツイかも知れないけれど、
木陰を吹き抜ける風の涼しさが、お昼寝を誘ってやまないけれど。
退屈な授業中とはどうやってシフトを変えるのか、
わいわい言って過ごす時間は、びっくりするほどあっと言う間に運ぶから。
どうせなら、たらたらしないで ガヤガヤしようよ。
日頃だったら声なんてかけない子へだって、
不思議と話せる絶好のチャンスなんだしサvv
(おいおい)
そんなして頑張ってる皆に、
“けっ”なんて、馬鹿馬鹿しいなんて言って、
背中を向けてる顔触れは、
後になって“そういや思い出がないなぁ”なんて後悔するよ? 気をつけて。




       ◇◇



今年の夏は、いつまでも立ち去らなかった梅雨のせいでか、
ずんと短かったようなという印象が強いのだけれど。
それでも、学生さんを初めとする、スポーツの祭典も数多く開催されて、
熱い季節としての悲喜こもごもが、
新しい記録とともに 一生に一度の記憶としても関係者の胸へと刻まれて。

 「インターハイは妙に暑い最中じゃなかったか?」
 「どうだっけな。開催地が関西だったからそう思うだけかもしれない。」

涼しい風の立つようになった朝も早いうちにと、
たったか登校して来た顔触れが。
長い坂を速足で駆け上がっての小汗をかいたまま、
構内をなおもたかたかと歩いて歩いてから飛び込んだのは。
ここ、白騎士学園において、
代々の高等部生徒会を支える主幹の顔触れが、
執務室にと使っている、
別名“緑陰館”と呼ばれている特別校舎だ。
洋式家屋が珍しかった頃合いの、
モダンな作りをそのまま残した、いかにもな近代建築風で。
木枠の窓や漆喰の壁の白さにさえも味のある、
小じんまりした二階家で。
元は美術室だか、音楽室だか、
二階のアトリエサロン風の広間を教室にあてて…という、
使いようをしていたらしい棟なのだが、
いつの代からか、生徒会長と副会長、
書記長に会計という顔触れが、
執行部用の部屋とは別格の活動空間として、
人の耳目を気にせず執務に集中し、且つ、連絡を密に取り合えるよう、
使用することを許されるようになったのだとか。

 『その割に名前が過激だけどもね。』
 『え? 意味があるんですか?』

すぐ間近に寄り添うように、随分と樹齢もありそなポプラの樹があるので、
その木陰という意味だと思っていたらしい瀬那が、
桜庭の悪戯っぽい声音での言へキョトンとすれば、

 『悪党共の砦ってな意味がある“緑林館”をもじってつけたらしいぜ?』

さすがにそのままでは、
クリスチャンの学校だってのに相応しくなかろうということで、
大元の名前は…主幹が変わるごと由来を伝えるだけにとどめ、
表沙汰には校史にさえ公表していないのだけれど。
厳密には正式な主幹ではないはずな身であったのに、
ちゃんとそれを知ってた蛭魔に教えられ、
あやや、それはまた…と、首を竦めてしまったセナだったのは、
確か1年のころじゃあなかったか。
大学までの一貫教育を謡うこの白騎士学園に、
初等科から通っている持ち上がり組とはいえ、
何にも知らなかった新入生だった自分であり。

 “今だって覚束ないところは、さして変わってないはずなのにね。”

それでも、あっと言う間に時は過ぎゆき、
気がつけば、セナももう最上級生になっている。
頼もしかった、大好きなお兄様がたは、
坂のもう少し上、お隣になる大学の学舎へとお移りになって、
それから もう半年近くになるっていうのにね。
高校総体のあった夏休み、すったもんだの端々で、
ああこういうときに高見さんはどうしていらしたかしら、
桜庭さんはどんな態度で通されたかしらと、
ついつい思い出しもした。
どうかすると本年度の生徒会には最後の大きな行事だったってのにね。
十月開催の白騎士祭からは新しい生徒会があたるので、
前任の主幹らは“アドバイザー”という立場に落ち着く。
それが例年の段取りのはずだが、
セナがマスコット扱いで可愛がっていただいた前年度の生徒会の皆様は、
何と2年連続という大例外に長い任期を、
見事な采配で務めおおせたスーパーな顔触れだったものだから。
新学期の体育祭が実質的には最後のお務めとなるのが、
微妙に物足りないような肩透かしなような気がしてならないらしく。

 『そんな思うんなら、この次の面々のご意見番もお前が引き受けろよ。』
 『わっわっ、何を言いだすんだよぉ。』

こんな面倒臭い職なんて、俺、二度と御免だしと、
真顔で言い切る今年度の会長さんは、
演劇部の大立者、甲斐谷陸くんという、
小柄だけれどもいかにも利かん気な面差しの、
娘役が十八番な見栄えの可愛らしさとは裏腹に、
そりゃあ雄々しい気性をした男の子。
演劇部に所属しており、
行動力があっての目立つ存在だったというだけじゃあなく、
我慢強いし責任感も強いところから、全校投票で選ばれた彼ではあるのだが、
それでも…我慢し切れぬものはあるようで。
昨年の就任したばかりのころなんて、
何しろ比較されるのは、あのとんでもない顔触れの生徒会だったもんだから、
悪気は無さそうながら“前の会長さんは…”なんていう声が
微かにでも聞こえたりした日にゃあ、
外では何とか営業用スマイルを保ちつつ、ここへ戻れば速攻で、
どっから持って来たものか、
運動用のマットを筒に丸めた即席サンドバッグへ、
ていっと蹴りを入れて憂さ晴らしをしていたほどであり。

 「ああ、これともそろそろお別れなんだなぁ。」

二階の執務室へと上がってすぐ、
空気を入れ替えようと窓を開けたセナの傍らで、
随分と煤けたグレーになりつつあるそれ、
よしよしと撫でてやっているのが、
汚した張本人様だというのが穿ってる。

  そういや、これって何処から持って来たの?
  ? 知らねぇ。
  え?

意外なお答えへ、キョトンとしたお友達へ、

「蛭魔さんがどっかから持って来た。
 何か向かっ腹が立ったら、鬱憤晴らしに蹴ればいいって。」
「あやや…。」

他人のことなんて知ったことかなんてクールな風情と見せといて、
その実、一番面倒見がいいというか、
さりげない形で最も気の利いた配慮をしてくれていたのが、
彼も正規の主幹ではなかったはずの、蛭魔という存在で。
こういう流れになろうよと見越しての、置き土産という奴だったのだろか。
セナも何かと庇ってもらったり、
怒らせたかなとついつい勘違いしそうな、
どこかややこしい構いようにて助けてくださったりと、
随分お世話になった人だが。

 “蛭魔さんだけは別の大学へ進んでしまわれたもんな。”

窓のすぐ傍らへと眸をやれば、
風に揺すられ、さわわざわわと爽快な音を立てるポプラの梢とも、
この初秋を限り、お付き合いを終えることとなるセナで。
まだまだ緑のそんな梢が いや映える空は、
それでもそろそろ透明感を増しつつあって。

 「お〜い、セナ。モン太が来たぞ。」
 「あ、は〜い。」

体育祭ではあのね、
進さんから道着をお借りしてクラスの方の応援団に参加するんだ。
生徒会の方のあの白い詰め襟は、
さすがにこうまで部外者が着てちゃあおかしいしね。
そんなことないと、
着てほしいって声もあるなんて、陸は言って聞かないけれど、
自分だけ微妙に小粒な存在になるのがイヤだからなんじゃあと、
余計な茶々を入れたモン太が、
“じゃあお前が付き合え”と引っ張り込まれていて…と、
何だかそこだけでも面白そうな展開だったりし。
今日はそんなモン太へと、
セナが着ていた制服を貸して差し上げての試着の日。


  え? 進さんの道着とやらは試着しないのか?
  いや あのその、
  そっちは進さんのお家で…。
  ほらあの、中等部のころのをお借りしても、
  ボクが着るのじゃあ、袖丈とか余り倒すに決まっているから。
  それをお直ししていただく必要もあってですね。/////////
  そのついでに、あのその、
  ご近所で催されてた夏祭りにもご一緒したりとかもあって、
  そりゃあ楽しかった夏休みではあったんですけれど…。////////


 「? どした、セナ。真っ赤だぞ?」
 「ううう、何でもない。///////」


手うちわで開襟シャツの襟元へ風をやりつつ、
一体何を思い出したセナくんだったやら。
(苦笑)
秋には秋の行事が目白押しですしね。
そっちへの約束も、沢山してもらったなぁなんて、
ついつい思い出していたのかも?
(ヒューヒューvv)
何だかんだ言いつつも、
新しい秋が着実に、空気を染め変えながら進みつつあるようです。



  〜Fine〜 09.09.11.


  *久し振りのアドニスの面々、
   微妙に年度を逆上ってのお話でした。
   学生時代のこの頃合いって、春先よりかは落ち着いていながらも、
   何だか微妙な…馴染み切ってるような、
   それでいてやっぱり新鮮なような空気だったよなぁと
   思い出すことしきりです。


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